それは、神の命令であり、法律である
『聖なるイチジクの種』を鑑賞しました。
こちらは、イランの作品です。
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なんとなく知っていると思いますが、イランでは今なお激しい文化統制がなされており、神の教えや反政府的な内容を含んだものは公開できないですし、作った人は厳しい処分を受けます。
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じゃあ、この映画の関係者も…?
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もちろん無事ではない。国外へ逃亡した上で、カンヌ国際映画祭に出品したんだ。それだけの覚悟と想いがこもった映画なんだね。
今回の記事では、『聖なるイチジクの種』に込められた強いメッセージについて解説します。
ストーリーに関するネタバレはありませんので鑑賞前の方も安心してお読みください。
INTRODUCTION:第77回カンヌ国際映画祭で、【審査員特別賞】を受賞した本作への12分間に及ぶスタンディングオベーションには、驚愕と感動、熱いリスペクトなど賞賛のすべてが込められていた。喝采を浴びたイラン人監督モハマド・ラスロフは、自作映画でイラン政府を批判したとして8年の禁固刑とむち打ちの有罪判決が下っていた。まさに命を懸けて本作を世界に問うため、28日間かけてカンヌの地にたどり着いたのだ。
本作は、22年に実際に起き社会問題となった、ある若い女性の不審死に対する市民による政府抗議運動が苛烈するイランを背景に、家庭内で消えた銃をめぐり変貌していくある家族をダイナミックかつスリリングに描きだす。家族に疑惑が生まれたとき、物語は全く予測不能な方向へと加速する——。一瞬も目が離せない167分。STORY:市民による政府への反抗議デモで揺れるイラン。国家公務に従事する一家の主・イマンは護身用に国から一丁の銃が支給される。しかしある日、家庭内から銃が消えた——。
最初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に疑いの目は、妻、姉、妹の3人に向けられる。誰が?何のために?捜索が進むにつれ互いの疑心暗鬼が家庭を支配する。そして家族さえ知らないそれぞれの疑惑が交錯するとき、物語は予想不能に壮絶に狂いだす——。
https://gaga.ne.jp/sacredfig/about/
実際の映像と共に
本作はあらすじとして消えた銃の行方にスポットを当てていますが、ぶっちゃけそのあたりはさして重要ではないのかなと思います。
もちろん、映画にエンタメ要素を伝える上でドラマチックなストーリーは必要ですし、カモフラージュ的な狙いもあるんだと思います。あらすじだけ観ればサスペンスっぽいなと。
しかし、注目していただきたいのは、劇中に登場する実際にスマホで撮影された映像の数々です。
イランでは2022年に反ヒジャブ運動が発生し、多くの逮捕者が出たデモが注目されました。
このデモは、若者たちがヒジャブ(頭巾)の着用を強制されていることに対して反発し、多くの人々が街頭に集まりました。しかし、政府はこれに対して強硬な対応を取り、多くのデモ参加者が逮捕されました。
そして、テレビでは報道されなかったものの、鎮圧するための警察の行き過ぎた暴力が、市民のスマホで撮影され、ネット上で拡散されてしまったわけですね。
もう、テレビよりも断然、ネットの情報を受けることの多い10代20代の若者たちは、「テレビは嘘ばっかりだ」「政府や警察は正しくないんじゃないのか」と訝しんでいるわけです。
そして、映画では何を信じればいいか分からないという社会の不安を、一つの家庭の中で描写しているわけです。
若者の気持ちを理解できない父親、家父長制に縛られ続ける母親、頭ごなしに決まりを押し付けられることに不満を抱く娘たち。
いよいよ互いを信じることができなくなってしまったと。
イランの神権政治
イランは日本やアメリカのような民主政治と違って、神権政治というシステムが敷かれた国です。
神権政治とは、宗教指導者が国家の統治を行い、宗教的な教えが法律や政策に大きく影響を与える政治体制のことを指します。この体制では、宗教的な教義が国家の法律や政策の基盤となり、宗教的リーダーが重要な政治的決定を下す役割を担っています。英語では「theocracy(シオクラシー)」と呼ばれます。
神権政治の例としては、イランやバチカン市国が挙げられます。これらの国々では、宗教的な権威が国家の最高権力として機能し、宗教的な規範が社会全体に強く影響を与えています。
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平たく言えば、神の教えは絶対で、その下に法律があるという感じですね。
そして、神権政治にはいくつかの危うさがあります。
1. 個人の自由の制限
神権政治では、宗教の教義が法律や政策の基盤となるため、個人の自由や権利が制限されることがあります。例えば、宗教的な規範に反する行為が法律で禁じられたり、特定の信仰や思想が弾圧されたりすることがあります。
2. 多様性の欠如
神権政治では、特定の宗教が国家の中心となるため、他の宗教や信仰、文化の多様性が尊重されにくくなります。これにより、宗教的少数派や異なる価値観を持つ人々が疎外されるリスクがあります。
3. 政治と宗教の融合
宗教と政治が一体となることで、宗教指導者が絶対的な権力を握り、政治的な決定が宗教的な教義に基づいて行われることがあります。これにより、民主的なプロセスが損なわれるリスクがあります。
4. 社会の停滞
神権政治では、宗教的な教義が変化しにくいため、社会の進歩や変革が停滞することがあります。科学技術や文化の発展が制約され、国際社会との関係にも影響を与えることがあります。
5. 宗教的対立の増加
異なる宗教や宗派間の対立が激化するリスクがあります。特に、神権政治が特定の宗教や宗派を優遇する場合、他の宗教や宗派との間に緊張が生じ、社会不安が増すことがあります。
これらの問題点から、神権政治には多くのリスクや課題が伴います。具体的な事例としては、イランやサウジアラビア、バチカン市国などがあります。これらの国々では、宗教が政治に大きな影響を与えており、それぞれの国に固有の問題や課題があります。
神権政治と若者たち
そして、本作で描かれたように、現代の若者には神権政治が浸透しきらないんです。そもそも、信仰心そのものが薄れてしまっている。
そりゃあそうですよね。スマホで他の国の楽しそうな様子や煌びやかなコンテンツを目にしているわけですから。自国の厳格さが信仰によるものだとしたら、反発したくなる気持ちは分かります。
しかし、神権政治において、若者の信仰心の薄れは、社会や政治に影響を与えることがあります。特に、若者が宗教的教えや伝統に対して距離を置くようになると、宗教的権威が弱まり、政権の安定性に影響を及ぼすことがあります。これにより、以下のような変化が生じる可能性があります。
1.社会の変革
若者がより世俗的な価値観を受け入れるようになると、社会全体が変化し、従来の宗教的な規範や価値観が見直されることがあります。
2.政治的な変動
宗教的なリーダーシップに対する支持が減少すると、政治的な権威も揺らぐことがあります。これにより、政権の崩壊や改革が進むことが考えられます。
3.新しい運動や団体の台頭
信仰心の薄れに伴い、若者が新しい価値観や理念を求めるようになり、新しい社会運動や政治団体が誕生することがあります。
このような変化は一朝一夕に起こるものではありませんが、若者の信仰心の変化は長期的に見て大きな影響をもたらす可能性があります。
タイトルの意味
『聖なるイチジクの種』というタイトルは、イチジクという植物の性質を、イランの国に対して比喩的に表現しているんです。
イチジクには興味深い性質があります。
イチジク(Ficus)は「ストラングラー・フィグ(Strangler Fig)」とも呼ばれる種があり、その生育方法が寄生植物に似ています。
この種のイチジクは、他の樹木に巻き付きながら成長し、最終的にはその宿主樹木を窒息させてしまうことがあります。この過程で、イチジクの根が他の樹木に侵入し、栄養分や水分を吸収します。このため、ストラングラー・フィグは宿主樹木に大きな影響を与えることがあります。
イランの神権政治とストラングラー・フィグ(イチジク)の生態にはいくつかの共通点があります
依存関係: ストラングラー・フィグは他の樹木に巻き付きながら成長し、最終的にはその宿主樹木を窒息させてしまいます。同様に、イランの神権政治は宗教的な教義や伝統に強く依存しており、その影響力が国家全体を支配しています。
支配と成長: ストラングラー・フィグが成長する過程で宿主樹木を支配し、その資源を利用するように、イランの神権政治も宗教的な権威を利用して社会や政治を支配しています。このような支配は、社会全体に大きな影響を与えることがあります。
変化と影響: ストラングラー・フィグは宿主樹木に大きな影響を与え、最終的にはその形態を変えることがあります。同様に、イランの神権政治も社会や文化に深い影響を与え、その形態や価値観を変えることがあります。
脆弱性: ストラングラー・フィグが宿主樹木に依存しているため、その宿主が崩壊すると自身も影響を受けるように、神権政治も宗教的権威が弱まるとその体制に影響を受けやすくなります。
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こういった視点から『聖なるイチジクの種』っていうタイトルにしてるんだね。
イランの映画は命がけ
イランの神権政治体制下では、映画監督が宗教や政治に関するテーマを扱う際に多くの制約やリスクがあります。
例えば、映画監督のジャファール・パナヒは、政府を批判する内容の作品を制作したため、映画制作や出国が禁止されるなどの厳しい制裁を受けました。また、彼の作品は多くの国際映画祭で高く評価されていますが、国内では公開が制限されることもあります。
同様に、『聖なるイチジクの種』の監督であるモハマド・ラスロフも政府を批判する作品を制作したことで、逮捕や禁固刑を経験しています。彼の作品はカンヌ国際映画祭で賞を受賞するなど国際的に評価されていますが、国内での上映は困難です。
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本作に出演した俳優たちも国外へ脱出しています。でも、母役を演じたソヘイラ・ゴレスターニは捕まってしまいました。
このように、イランの映画監督たちは表現の自由を求めて勇敢に活動しており、その作品はしばしば政府の厳しい制約に直面しています。それでも、彼らの作品は世界中で多くの人々に感動を与え、社会的なメッセージを伝え続けています。
おすすめの作品がいっぱいです。みんな闘ってます。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます。
『聖なるイチジクの種』について、イランの現状と共に解説しました。
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魂のこもった本作。ぜひ劇場で。
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イランの映画は今後も見逃せないよね!
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