『聖なる鹿殺し』ただの胸糞映画ではない。タイトルとキューブリックを意識して観れば。

クライム・サスペンス映画

「バスには勝者も敗者も乗っている」

映画『聖なる鹿殺し』をAmazon Prime Videoで鑑賞しました。

本作は2017年・第70回カンヌ映画祭脚本賞を受賞した作品です。

監督は独特な世界観で注目を集めるギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督。

カンヌ映画祭で「ある視点」グランプリ受賞『籠の中の乙女』、審査員賞『ロブスター』、そして『聖なる鹿殺し』で脚本賞と見事 カンヌで3度の受賞を果たした、いま世界から最高に注目が集まる奇才ランティモス監督の最新作。 『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』のコリン・ファレル、オスカー女優ニコール・キッドマンら豪華キャストを迎えた本作は、身勝手な主人公のセリフ、神の目のような見下ろす映像、心理的に追いつめていく音楽、すべてが絡みあい見事なランティモス・ワールドが作り上げられている。はたして『聖なる鹿殺し』が意味するものとは?! この世界観を形作るのに欠かせないのが、登場した瞬間から只者でない雰囲気をまとう謎の少年マーティン。演じるバリー・コーガンは『ダンケルク』で注目を集めた新進気鋭の俳優。彼は本作で第33回インディペンデント・スピリット賞*助演男優賞を初め、アカデミー賞を賑わす俳優らと共に各賞に名を連ねている。

STORY:心臓外科医スティーブンは、美しい妻と健康な二人の子供に恵まれ郊外の豪邸に暮らしていた。スティーブンには、もう一人、時どき会っている少年マーティンがいた。マーティンの父はすでに亡くなっており、スティーブンは彼に腕時計をプレゼントしたりと何かと気にかけてやっていた。しかし、マーティンを家に招き入れ家族に紹介したときから、奇妙なことが起こり始める。子供たちは突然歩けなくなり、這って移動するようになる。家族に一体何が起こったのか?そしてスティーブンはついに容赦ない究極の選択を迫られる・・・。

https://www.finefilms.co.jp/deer/
ダニー
ダニー

タイトルがもの凄いよねぇ。

bitotabi
bitotabi

そうなんだ。でも、観終わってもタイトルの意味が分からないという人も多いんだよ。今回の記事では、そのあたりの解説もしていくよ。

タイトルの理由

本作は、鹿を殺すシーンは全く出てきませんし、それを生業とするハンターのような人物も登場しません。

では、なぜタイトルが『聖なる鹿殺し』なのか。

監督の出身国ギリシャが大きく関わっています。

ギリシャには『アウリスのイピゲネイア』という悲劇作品があります。

古代ギリシアのエウリーピデースによるギリシア悲劇の1つで、めちゃくちゃ昔から伝わるお話です。

トロイア戦争の大将であるアガメムノンが女神アルテミスの鹿を弓で殺してしまった上、アルテミスも自分にはかなわないと豪語。

その結果、アルテミスの逆鱗に触れ、償いとして、娘イピゲネイアをアルテミスに捧げよと言われます。

娘のイピゲネイアを犠牲にしないと、アルテミスの怒りが収まらない事態へ陥っていき、最終的には娘を差し出してしまう。

イピゲネイアも父と国のためを思って、自分が生贄になる決心をするというお話です。

コリン・ファレル演じる父がアガメムノン、3人の家族がイピノゲネイア、そしてマーティンがアルテミスに置き換わっているんですね。

息子が病院のエスカレーターで転ぶ所を、上から見下ろすようなショットがあるんですが、これは神の目線のようなものを示唆しているんだと思います。

ちなみに、このお話はエンディングが複数あり、祭壇で跳ねられた首は、鹿と入れ替わっていたというものもあるそうです。

そういった理由で『聖なる鹿殺し』となっているわけでございます。

現代版ギリシャ悲劇ということなのです。

ちなみに、町山智浩さんによると、作中で鹿のオブジェとか絵画などが、密かに登場しているそうですよ。

キューブリックとの類似点

私はこの映画を観て、強烈にキューブリックの作品観を感じました。

まず何といってもカメラワーク

キューブリック作品はシンメトリーなショットが有名ですよね。

『聖なる鹿殺し』も、広角レンズのパンフォーカスで撮影されたシンメトリーの画面が多い。

つまり、遠近感を強調した広い画角で、画面の全てにピントが合い、左右対称なんです。

これって、きわめて客観的な撮り方で、キャラクターの感情に寄り添おうとしないんですよね。

鑑賞者はカメラの存在を常に感じるような撮影になっています。

病院内を歩くシーンが、『シャイニング』にそっくりです。

『シャイニング』は、当時では画期的だったステディカムを使って、人物を後ろから追う、または歩みに合わせて前から撮るようなカメラワークが印象的です。

これと同じカメラワークが、『聖なる鹿殺し』でも多用されています。

また、それに加えて、心理的な不安を覚えるほどの、重々しく荘厳なBGM

これもまた、『シャイニング』との共通点です。

 



そして、キューブリック作品の中でもう一つ類似点を覚えるのが『アイズ・ワイド・シャット』。

本作もまた謎の多い作品で、その時点でもう似た雰囲気はあるんですが、見逃せないのがニコール・キッドマンの存在です。

絶妙に、似たような立ち位置のキャラクターなんですよね。

夫が医者であるという点も同じですし、性の問題が絡んでいるという点もよく似ています。

『シャイニング』『アイズ・ワイド・シャット』の2作品との類似点があまりに多いということからもランティモス監督が、キューブリックの作品を強く意識していることが伺えます。

手のメタファー

本作では「手」が象徴的なものとして何度も登場します。

コリン・ファレル演じる父親の「手」が綺麗だとか、

冒頭の手術のシーンだとか、

ニコール・キッドマンの手〇キのシーンだとか。

冒頭の手術のシーンでは、ゴム手袋を外して捨てるシーンがあります。

また、何度も手の美しさを誉められる父親。

あれは、「自分の手は汚れていないよ」ということを伝えているのです。

プライドが高く、自分の非を認めない、彼の人間性のようなものの表れなんですね。

じゃあ、手〇キしたニコール・キッドマン演じる母の手はどうなんだって言うと、

bitotabi
bitotabi

これは個人の解釈に任せます笑

 



全てを飲み込んでみるべし

本作を楽しむために最も重要な視点。

それは、設定や世界観を、全てを飲み込んでみることです。

現代が舞台だし、前半では登場人物たちも戸惑っていることから、

「こんなことありえねーだろ!」

「どういう仕掛けでこんなことになるんだよ!」

と思ってしまうことかと思います。

しかし、登場人物たちが受け入れるのと同じタイミングで、マーティンの聖なる力のようなものを信じてしまえば、この映画はグッと楽しみやすくなるはずです。

前作『ロブスター』でも、「大事なのは、観客もまずルールに従い、受け入れてみること。そこにはユートピアとは逆のディストピアの系譜が流れている。」という文章が、公式サイトで書かれています。

これと全く同じルールに従いつつ、ギリシャ悲劇が基にあるということを踏まえて観れば、かなり観やすい作品に変わるはずです。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます!

映画『聖なる鹿殺し』のタイトルの意味やキューブリック作品との類似点について解説しました。

bitotabi
bitotabi

胸糞映画として名前が挙がりがちな本作ですが、私はそうは思いません。

ダニー
ダニー

ギリシャ悲劇を知っているだけでも見え方が変わるよね。

 

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