揺らぎに揺らぐ、あなたの中の真偽
映画『落下の解剖学』をTOHOシネマズで鑑賞しました。
本作は第76回カンヌ映画祭にて最高賞であるパルムドールを受賞し、第81回ゴールデングローブ賞では脚本賞と非英語作品賞、そして第96回アカデミー賞でも、作品賞を含んだ5部門にノミネートされているという2024年最注目の作品なのです。
パルムドール受賞ってだけでも、気になるのに…
パルムドール受賞作は、2021年の『TITANE』、2022年の『逆転のトライアングル』も、もの凄い作品でしたが、本作はアカデミー賞にもゴールデングローブ賞にも絡んでいるので、どんな内容なのか気になってしょうがない!
『TITANE』と『逆転のトライアングル』は、強烈な内容だったよね。
『TITANE』や『逆転のトライアングル』はとてもカンヌっぽい作品だったね。でも、アカデミー賞ノミネートやゴールデングローブ賞を獲得してるってことは、『パラサイト半地下の家族』や『万引き家族』のような、誰もが驚いたり感動したりできるような、比較的分かりやすい作品なのかもしれないね。
私は『パラサイト半地下の家族』も『万引き家族』も大好きな作品ですが、パルムドール受賞作に限っていうと、『TITANE』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『アンダーグラウンド』、『覇王別姫』のような、えぐみやカンヌ味の強い作品の方が好みです。
はたして、『落下の解剖学』は、どっち方向の作品なのでしょうか…。
今回の記事では、映画『落下の解剖学』の見どころや、考察をお届けします!
あらすじ・スタッフ・キャスト
まずはじめに、本作のあらすじと監督について解説します。
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。
https://gaga.ne.jp/anatomy/about/
監督はジュスティーヌ・トリエ。女性です。
1978年7月17日フランス、フェカン生まれで、パリの国立高等美術学校を卒業しています。
長編デビュー作は、カンヌ国際映画祭 ACIDに選ばれセザール賞最優秀長編映画賞にノミネートされた『ソルフェリーノの戦い』2013年。
長編2作品目は16年カンヌ批評家週間のオープニングとなり、セザール賞で最優秀作品賞、最優秀女優賞を含む5部門にノミネートされた『ヴィクトリア』2016年。
長編3作品目の『愛欲のセラピー』2019年は、カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となり、本作品で見事カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞しました。
陪審員になって真相に迫るようなストーリー
『落下の解剖学』はサスペンス要素の強い作品です。
夫が3階から落ちたのは、事故なのか、自殺なのか、それとも妻による犯行なのか。
これを紐解いていくストーリーです。
映画の序盤は夫婦に関する情報がほとんどありません。
裁判や弁護士との会話を通して、夫婦の様々な事実が明らかになっていきます。
物語が進むにつれて、自分の考えが揺らいでいくのは、何とも言えないスリルがありました。
観客も、裁判官や陪審員、傍聴席にいるかのようなかたちで、夫婦の関係を知らされていき、真相を自分で考えなければならないという作りになっています。
裁判所のシーンでは、まるで傍聴席から眺めているようなショットが、何度もあるんですよ…。前の人の頭と頭の間から、妻や弁護士を見せるようなショットはめちゃくちゃリアリティがあります。
あと、裁判長や弁護士が表情を変える時の、ズームも面白い。タランティーノよろしくの香港ズームでは、傍聴人として、裁判長や弁護士の反応を気になるような見せ方でした。
夫婦の関係
この夫婦、妻はドイツ人で、夫はフランス人で、互いの母国語をよく知りません。
そのため、会話は英語なんです。二人の子どもも、英語を話します。
舞台はフランスのアルプスの山奥なんですけどね。
移民大国であるアメリカにはこういう家庭がたくさんあるので、このあたりの設定はアメリカでのヒットも関係していそうです。
この夫婦は、どちらも物書きの同業夫婦なのですが、妻の方が稼いでいます。
息子の目が見えなくなったのは、ある事故が原因で、その責任は夫にあります。
そのため、夫は仕事を辞めて、息子の世話をするようになり、その間に執筆活動ができなくなります。
妻はそんな家庭の様子を本にしたり、夫のアイデアを執筆したりすることで、どんどん売れていっちゃうんですね。
なかなかエグい設定ですが、驚くべきことに、これは監督自身のことを反映しているんです。
本作はジュスティーヌ・トリエが監督と脚本を務めています。
実は、ジュスティーヌ・トリエ監督の夫アルチュール・アラリもまた映画監督で脚本家なんですよ。
『落下の解剖学』のアイデアは、コロナ禍で監督ら夫婦が家の中に閉じ込められて、段々険悪になってしまった事実から着想を得ているそうです。
なので、脚本にはアルチュール・アラリの名前もクレジットされています。
パルムドック賞に輝く名犬の名演
一家の愛犬スヌープを演じたボーダーコリーのメッシはパルムドッグ賞(カンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる「非公式」な賞)を獲得しています。
映画のシーンで、スヌープが薬を盛られて苦しむシーンがあるんですが、それは何と演技なのだそうです。
スヌープという名前は、おそらくアーティストのスヌープ・ドッグからきているのでしょう。
作中で何度も流れる「P.I.M.P」は50 Centの曲をカバーしたもので、元々の曲のフィーチャリングはスヌープ・ドッグです。(映画で実際にかかるのはドイツのスティールパン・バンドBacau Rhythm & Steel Bandによる「P.I.M.P.」)
きっと、夫がヒップホップ好きという設定だったり、監督が実際に好きだったりするんでしょうね。
ちなみにパルムドック受賞は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のブランディ以来4年ぶりです。
本当の事実は分からない
さて、本作で一番面白いのが、結局真実は分からず、鑑賞者自身に委ねられるというところです。
再現VTRや、回想シーンは映画の中で出てくるんですが、実際の夫婦の事件時の映像は映ることはありません…。
想像するしかないのです…。
もちろん、裁判で妻が有罪か無罪かはきちんと決着がつきます。
裁判事件は、決着をつけるために争われるわけですが、しかしながら、実際の真相や事実は、当人にしかわかりませんよね。
何が正しいのか絶妙にわからない、巧みな脚本になっているんですよ。先述のように、本当に心が揺らぎます。
息子が涙しながら「何が本当か分からないんだ」と言うシーンがありますが、本当にそんな感じ。
でも、彼自身についても、色々ハッキリしないことがあるんですよね…。
また、表面的なストーリーだけでなく、夫の落下事件を夫婦の転落として示唆していたり、子どもの親権争いだったり、妻優位の家庭における問題だったりの社会的なメッセージを含んでいることも間違いないでしょう。
いやはや、凄い作品ですよこれは。
パルムドール受賞も頷けますし、アカデミー賞やゴールデングローブ賞にフックするのもよく分かりました。
どれかっていうと、『パラサイト半地下の家族』に近い雰囲気かもしれませんが、この後味はこれまでに味わったことがありません。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます!
映画『落下の解剖学』についてネタバレなしで解説しました。
真実に対する揺らぎを、ゾクゾクしながら味わえます。
まるで、傍聴席にいるかのようにね…!
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