匿名の悪意は伝播する。『Cloud クラウド』が描く現代社会のリアルと『回路』の残響

クライム・サスペンス映画

黒沢清監督の2024年の作品『Cloud クラウド』を観たとき、黒沢清作品にしては「案外普通だな」と感じた方もいるかもしれません。

表面的には、罪を犯すことの意識の有無や、因果応報のような物語が展開されているように見えます。

しかし、本当にそれだけなのでしょうか?

同年に『蛇の道』や『Chime』といった、より実験的で尖った作品を制作している黒沢監督のフィルモグラフィーにおいて、『Cloud クラウド』は一見すると異質な印象を受けるかもしれません。

もしかしたら、豪華なキャストを揃えた本作は、攻めた作品群に対する「保険」のような位置づけだったのでしょうか?

bitotabi
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本稿では、『Cloud クラウド』の表面的な物語の奥に潜む深層構造を考察し、さらに過去の傑作『回路』との関連性、そして物語を牽引する主人公・吉井良太の罪の意識の変遷に焦点を当てて掘り下げていきたいと思います。

ダニー
ダニー

まずは公式サイトの概要とあらすじから!

世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。
主人公・吉井を務めるのは、日本映画界を牽引する俳優・菅田将暉。吉井の周囲に集う人物を古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝ら豪華俳優陣が演じている。 監督は『スパイの妻』で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清。生き物のように蠢く風や揺らぐ照明、ぞくりと刺さるセリフ、雰囲気抜群の廃工場――前半はひたひたと冷徹なサスペンス、後半はソリッドで乾いたガンアクションと、劇中でジャンルが転換する斬新な構成で観客を呑み込んでゆく。インターネットを経由する“実体のない”サービスの名を冠した映画『Cloud クラウド』。
“誰もが標的になりうる”見えない悪意と隣り合わせの“いま”ここにある恐さを描く本作が、現代社会の混沌を撃ち抜く。https://cloud-movie.com/

深層に潜む現代社会の病

『Cloud クラウド』の深層には、現代社会が抱えるいくつかの病理が浮かび上がってきます。

見えない悪意の可視化: インターネットという匿名性の高い空間に漂う悪意が、現実世界に具体的な影響を与え始める様は、現代社会におけるコミュニケーションの歪みや、匿名性の危険性を鋭く描き出しています。顔の見えない相手からの悪意は、実体を持ちませんが、人々の心を蝕み、社会を不安定にする力を持つことを本作は示唆しているのではないでしょうか。

集団心理と狂気の伝播: ネットを通じて共鳴し、増幅していく悪意の連鎖は、集団心理の恐ろしさを物語っています。個人の小さな悪意が、集合化することで制御不能な狂気へと変貌していく過程は、現代社会における炎上現象や過激なオンラインコミュニティを想起させます。

被害者と加害者の曖昧さ: 物語が進むにつれて、主人公である吉井の行動もまた、意図せず他者を傷つけている可能性が示唆されます。単純な善悪二元論では捉えきれない、人間の複雑さや、罪の意識の曖昧さが露わになるのです。

 



吉井の変遷

そして、物語を牽引する主人公・吉井の変遷は、本作の深層を理解する上で非常に重要な要素です。彼は、最初は私欲のための転売という、比較的軽微な罪から物語に関わっていきます。

しかし、一度その一線を越えてしまうと、彼の罪の意識は徐々に麻痺していくように見えます。特に注目すべきは、銃を手にして人を撃つという行為です。吉井にとって、それは倫理的にも物理的にも大きな壁があったはずです。

一度その壁を壊してしまうと、まるで堰を切ったように、その後の行動はエスカレートしていきます。二度目以降の殺人は、最初の殺人と比べて、ためらいが薄れているように感じられます。これは、一度罪に手を染めてしまうと、良心の呵責が薄れ、より深い悪へと容易に沈んでいく人間の心理を描いていると言えるでしょう。

小さな秩序の破壊が、より大きな犯罪へと繋がっていく「壊れ窓理論」にも通じるように、最初に犯した罪が、その後の罪に対する心理的な抵抗感を弱め、負の連鎖を生み出す危険性を本作は示唆しています。黒沢監督は、吉井の変容を通して、人間の心の脆さや、一度踏み外してしまうことの恐ろしさを描きたかったのではないでしょうか。

罪の意識の麻痺、倫理観の崩壊といった、目を背けたくなる人間の暗部をあえて克明に描くことで、観る者に深い問いを投げかけているのです。

 



『回路』との共鳴

『Cloud クラウド』を考察する上で見逃せないのが、黒沢監督の過去作『回路』との類似性です。
『回路』では、インターネットを通じて広がる「死」のイメージや孤独感が、人々の精神を侵食し、連鎖的な消滅を引き起こしました。物理的な接触ではなく、ネットワークという非物質的な空間を介して恐怖が伝播していく構造は、『Cloud クラウド』における匿名の悪意の広がり方と深く共鳴します。

両作品に共通するのは、テクノロジーが高度に発達した現代社会におけるコミュニケーションの変容と、それに伴う孤独感や疎外感が、人々の精神に与える負の影響を描いている点です。『回路』ではそれが直接的な「死」として描かれましたが、『Cloud クラウド』では、悪意という形でより間接的に、しかし確実に人々の生活を蝕んでいくのです。

また、目に見えない恐怖を描くという点も共通しています。具体的な怪物や幽霊ではなく、ネットワークを介した死のイメージや、匿名の悪意といった実体のないものが、人々の心理を深く揺さぶるのです。そして、小さな出来事が連鎖的に拡大し、社会全体を覆っていくという展開も、両作品に共通する重要な要素と言えるでしょう。

『Cloud クラウド』は単なる「保険」なのか?

『蛇の道』や『Chime』といった、より実験的で作家性の強い作品と同時期に制作された『Cloud クラウド』が、商業的な側面を意識した作品であった可能性は否定できません。しかし、豪華なキャストを起用し、現代社会の闇に切り込む意欲的なテーマを扱っている点を考慮すると、単なる「保険」と断じるのは早計でしょう。

『Cloud クラウド』は、一見すると普遍的な物語の中に、現代社会が抱える病巣を鋭く描き出し、観る者に深い問いを投げかける作品です。過去作との関連性を意識することで、黒沢清監督の描く恐怖の本質、そして現代社会に対する深い洞察を、より深く理解することができるのではないでしょうか。

今日の映学

最後までお読みいただきありがとうございます。

『Cloud クラウド』について解説をお届けしました。

bitotabi
bitotabi

悪意の鈍麻、狂気の伝播などをストレートに描いているし、キャストもメジャーな人が多いので、比較的鑑賞しやすい作品です。黒沢清作品の入り口としてちょうどいいかも。オールドファンにとっては、過去作『回路』との繋がりも楽しめるポイントです。

ダニー
ダニー

回路』を改めて観たくなったよ!

 

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