オレ、妬いちゃうゾ…。
映画『首』を鑑賞しました。
この先、ネタバレを含みます!ご注意ください!
かなり賛否の分かれている作品ですね…。
たけしさんが出てるシーンはコミカルさが目立ったよね。
歴史ものであることは間違いないのですが、バイオレンスムービーとも取れるし、コメディとも取れるし、何よりBL映画的な側面も強いんですよ。
おじさんのBLが好きな人にはたまらないんじゃないでしょうか笑
「おっさんズラブ」「きのう何食べた?」とかを二やつきながら観た人にこそ、オススメな映画なのであります笑
信長も、村重も、光秀も
本作で、織田信長は男性が好きであるというという描写が何度も登場しました。
織田信長が男色であるということは、割と有名な話ですよね。
森蘭丸という美少年を側近にし、毎晩のようにかわいがっていたというのは有名なお話です。
映画の序盤で、荒木村重(遠藤憲一)と織田信長(加瀬亮)の濃厚なべろちゅーがあるんです。
遠藤憲一さん、この映画でめっちゃすごいんですよ笑 キス魔です。
でも村重の本命は光秀(西島秀俊)というね。
光秀もまた、村重を愛しているという。
でも、織田信長のパワープレイにも抗えないといった、三角関係を描いているんです。
そんなにも、戦国武将には男色が多かったのでしょうか?
戦国武将は男色が多かった?
そもそも、昔の日本は今よりももっと、男色が当たり前のものだったそうです。
720年の書物「日本書紀」をはじめとして、「万葉集」、「伊勢物語」、「源氏物語」などの有名な書物にも男色についての記載がありました。
いかに男色が当たり前のように流行していたかがわかりますよね。
そして戦国の時代では、主君と小姓(将軍の傍でお世話をする人)との間で男性同士の契りが交わされることが多かったようですね。
絶対服従の契りのような儀式的な側面もあったんだとか。
これは、明日の命の保証のない戦国時代の侍たちが、肉体的なものを越えて、精神的な繋がりを求めた結果、そうなるケースがあったようです。
また、妻子を残し、男性しかいない戦地という環境化で長い時間を過ごすにあたって、心のバランスをとるために、男性を性的な対象としてみるというのも、理解できますよね。
有名な武将でいうと、織田信長、武田信玄、伊達政宗、徳川家康、徳川綱吉、徳川家光あたりも、その気があったという説があります。
きっと、もっともっとたくさんの武将が、男性との経験があるんだろうと思います。
それだけ、当時は当たり前の文化だったのでしょう。
では、なぜ次第に男色が受け入れられなくなったのかというと…👇
西洋の文化が入った結果…
江戸時代以降は、西洋の文化がどんどん日本へと入ってきました。
家畜の肉を食べたり、洋服を着たりといった、衣食以外だけではありません。
キリスト教の文化が入ってきたのです。
キリスト教では、男性同士の交わりは、罪であるとされています。
神道や仏教には、そういった戒律がないため、自由なものでしたが、明治維新以降、西洋の文化や人に触れることが多くなった日本でもまた、同性愛はタブー化されていったんですね~。
明治まではまだ、女性に溺れるくらいならば、男色のほうが硬派であるという考え方もあったそうですが、1873年に鶏姦罪(男性同士の性交の禁止)が制定されました。
もちろんこれは、ただただ性的趣向を禁ずるというだけのものではなく、年長者が年少者を寵愛するという悪しきケースを止める側面もあったんです。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます!
映画『首』を観て気になった、戦国時代の男色について解説しました。
いろんな人が男色だったんですね。
でも、当時はある程度受け入れられていた文化だったんです!
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