本当の怖さは、戦争でも、暴力でもなく、思想である。
「戦場のメリークリスマス」を鑑賞しました。
日本映画の巨匠大島渚監督の作品の中でも、最も有名である本作。
その理由は様々ありますが、作品や使用された音楽が世界的に有名であることや、キャストの豪華さにあるでしょう。
作品名や曲、出演者は知っていても、意外と、ストーリーに関しては朧気であったり、全く知らないという人もおられるのではないですしょうか。
私は随分前に鑑賞したので、かなり朧気でした。
音楽にも夢中な学生時代に観たので、”デビッド・ボウイと坂本龍一が映画に出てるなんてすごいなぁ”って程度の印象しか残っていませんでした。
しかし、今となって観ると、そのストーリーの強烈さに度肝を抜かれました。
これぞ大島渚。非常に毒のある。倫理観に迫る内容。日本人でこれを作るなんて、どれだけ勇気が必要か。
そして、今作は、2023年1月に、4Kに修復され、リバイバル上映されます。
めちゃくちゃカッコよくないですか?このポスター。
オシャレでカッコイイ!
あの花、観た人にはたまらないよね。
まだ観たことない人は、これとないチャンスです。ぜひ劇場で。私も行きます。
(しかも最後のチャンスになる可能性大です)
そこで、今回の記事では、予習を兼ねて「戦場のメリークリスマス」を深く味わうためのポイントを解説します。
作品概要
第36回カンヌ国際映画祭で、そのテーマを巡って大きな話題を巻き起こした本作は、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、内田裕也などの本業が俳優ではない個性的なキャスティングで原作者の日本軍俘虜収容所での体験を描いた、戦闘シーンが一切登場しない異色の“戦争”映画。俘虜となるジャック・セリアズ少佐を演じたデヴィッド・ボウイの美しさと存在感が随所で際立ち、坂本龍一扮するヨノイ大尉が次第にセリアズに惹かれていく様が描かれる。東洋と西洋の文化の対立と融合という複雑なテーマゆえに企画は難航し、製作費は膨らんだが、ビートたけしがラジオやテレビでネタにしたことで話題が独り歩きするなど、従来の映画プロモーションとは違う展開になったことも功を奏して、配給収入10億円の大ヒットにつながった。本作で初めて映画音楽を手掛けた坂本龍一によるテーマ曲「Merry Christmas, Mr.Lawrence」は映画史上屈指の名曲として今なお愛され続けている。2023年に大島渚作品が国立機関に収蔵される予定のため、今回が最後の大規模ロードショーとなる。
4K修復版公式サイトより引用
出演者が全て男性で、しかも、世界的なアーティスト”デヴィッド・ボウイ”と”坂本龍一”、コメディアンの”ビートたけし”、内田裕也、ジョニー大倉など、俳優を本業にしないキャスティングが奇抜ですね。
実はハラ軍曹役には緒形拳と勝新太郎、ヨノイ大尉役には三浦友和、沢田研二、らが予定されていたが、各々スケジュールなどが合わなかったそうです。結果は大成功だったと思います。
もちろん本職の人も出ています。内藤剛志やトム・コンティ、ジャック・トンプソンなど、結構豪華。
STORY
1942年戦時中のジャワ島、日本軍の俘虜収容所。収容所で起こった事件をきっかけに粗暴な日本軍軍曹ハラ(ビートたけし)と温厚なイギリス人捕虜ロレンス(トム・コンティ)が事件処理に奔走する。一方、ハラの上官で、規律を厳格に守る収容所所長で陸軍大尉のヨノイ(坂本龍一)はある日、収容所に連行されてきた反抗的で美しいイギリス人俘虜のセリアズ(デヴィッド・ボウイ)に心を奪われてしまう。クリスマスの日にハラは「ファーゼル・クリスマス」と叫んでロレンスとセリアズを釈放してしまう。それに激怒したヨノイは捕虜の全員を命じるのだが、周囲からの孤立を深める結果になり、葛藤に苦しむのだった。
4K修復版公式サイトより引用
戦闘シーンがないとはいえ、ジャンル的には間違いなく戦争映画です。
どの時代の戦争なのかを知っておくと、物語を立体的につかむことができますので、簡単に解説しておきましょう👇
映画をより深める戦争の知識
ここからは、映画をより深く理解するために、戦争に関する知識をお伝えします。
拒絶反応を見せずに、ぜひとも向き合って考えていただきたいです。
戦場のメリークリスマスの舞台となっている ”太平洋戦争”
その際に日本が掲げたスローガン ”八紘一宇”
ジュネーブ条約から知る ”捕虜”と”戦争のルール”
について解説します👇
太平洋戦争
映画の舞台は1942年のジャワ島。
インドネシアを構成する島の一つです。
世界一人口の多い島で、インドネシアの首都「ジャカルタ」があります。
第二次世界大戦で、オランダ本国がナチス・ドイツの占領下になると、1942年に、蘭印作戦(ジャワ島の戦い)で日本軍がジャワ島を占領しました。
長きにわたるオランダの圧政が同じアジア人の日本軍によって制圧され、スバラヤ市に入城する日本軍の戦車隊や日本兵をジャワ島の人々がジュンポール(万歳、一番よい)という親指を立てる最大限の歓迎を示す仕草で迎えたとされています。
本当に歓迎を受けたのかどうかは、定かではありませんが、オランダ統治に比べるとマシになったくらいに思っておくこととします。
とにかく、時代的には第二次世界大戦中で、その局面の中における太平洋戦争真っ只中の時期が、映画の舞台となっています。
日本軍が、占領のために、イギリス・アメリカ・オーストラリアなどの連合軍と戦争をしていた、悲しい時代です。
八紘一宇
ハラやヨノイの個室には”八紘一宇“の書が飾られています。
この言葉の意味をご存じでしょうか?
“全世界を一つにまとめて、一家のように和合させること”の意味で、
第二次大戦のとき日本が国家の理念として打ち出し、海外進出を正当化するスローガンとして掲げられていました。
日本もかつては、現在の某国と変わらない思想でもって、他国を侵略しようとした歴史があるのだということについて、改めて考えさせられますね…。
ジュネーブ条約で定められた禁止事項
そもそもなぜ捕虜というものが存在するのか、この映画を観て改めて気になりました。
戦闘するもの同士が対峙したならば、そこにあるのは生か死かだけではないのか?という疑問がよぎりました。
それはどうやら間違いのようでした。
なぜなら、戦地には、兵士の中に、負傷者や戦意を喪失した者もまた存在するからです。
戦争にも、ルールがあることをご存知でしょうか?
戦争に関するルールの取り決めに、ジュネーブ条約があり、第十三条の内容に捕虜に関する記載があります。
第十三条〔捕虜の人道的待遇〕
参考:防衛省HP
(1)捕虜は常に人道的に待遇しなければならない。抑留国の不法の作為又は不作為で、抑留している捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすものは、禁止し、且つ、この条約の重大な違反と認める。特に、捕虜に対しては、身体の切断又はあらゆる種類の医学的若しくは科学的実験で、その者の医療上正当と認められず、且つ、その者の利益のために行われるものでないものを行ってはならない。
(2)また、捕虜は、常に保護しなければならず、特に、暴行又は脅迫並びに侮辱及び公衆の好奇心から保護しなければならない。
(3)捕虜に対する報復措置は、禁止する。
上記のポイントを押さえて映画を観れば、英軍捕虜たちが怒りを表すシーンや、日本軍のいき過ぎた行動などがわかりやすくなるはずです。
ヨノイやハラの、どの行動は正しく、どの行為が間違っているのかも掴めて、その時の心情や、人物像もくっきりしてくるのではないでしょうか。
わかりにくいシーンの解説
ここから先は私が観て、一度では分かりにくかったシーンや、気になって調べたことをご紹介します。
ぶっちゃけ、「戦場のメリークリスマス」って、わかりにくいんですよ。
戦争の知識は必須だし、日本人もイギリス人も何言っているかわからない時がめっちゃ多いので笑
空砲の理由
デヴィッド・ボウイ演じるセリアズが、死刑になるかと思いきや、弾丸が当たらず生きていたシーン。
あれは空砲です。なぜ処刑しなかったのか。
その理由は、スパイかどうかの真偽をジャッジするためでした。
死刑を逃れるためにスパイではないと言ったのか、
それとも死をも恐れず真実を語ったのか。
結果は後者で、セリアズという男の潔さや、ヨノイ(坂本龍一)が切れ者で、セリアズにただならぬものを感じていたということが明らかになるシーンなわけです。
二・二六事件とヨノイ
“1936年2月26日に自分も死ぬべきだった”と、映画の中でヨノイな語ります。
日本史に明るい人はご存じかもしれませんが、
この日は、日本国内で起こったクーデター”二・二六事件”がと起こった日です。
陸軍の青年将校らが岡田啓介内閣総理大臣、斎藤実内大臣らを襲撃した上、首相官邸・陸軍省・参謀本部などが集中する東京の麹町・三宅坂一帯を占拠し、「国家改造」を要求するというクーデターが発生しました。斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎陸軍教育総監が殺害され、鈴木貫太郎侍従長が重傷を負いました。27日東京市に戒厳令が施行され、29日、青年将校らは反乱軍として鎮圧されます。
参考:公文書にみる日本のあゆみ
ヨノイはその日、満州にいたため、二・二六事件に参加したくともできなかった。
本来ならばあの時仲間とともに死すべきだったと感じています。
そのため、死を恐れない、どこか死を願っているかのようなセリアズと自分が重なって、惹かれてしまったのでしょう。
恩賜のタバコ
映画の中盤で、ヨノイがタバコを吸うシーンがあります。一礼をしてから火を着けたり、印刷されているマークが気になったので調べてみたところ、これは”恩賜のタバコ”と呼ばれるものだそうです。
天皇から下賜された紙巻きたばこで、御賜の煙草、恩賜煙草とも呼ばれます。現在は製造されていません。
戦時には陸海軍の兵士の士気を高めるために支給されていました。
下級兵にも下賜されましたが、天皇に対して畏れ多いために喫煙せずに記念として保存した者も多かったとされています。
確かに、ハラは胸ポケットにしまっていましたね。
ヨノイが火を着けるときに、花火みたいな音が出ていた点も気になります…笑
ラストシーン
ラストシーンは、1946年。
第二次世界大戦が終結し、日本は敗戦国となりました。
ハラとロレンスが再会します。
この時、ハラは、戦犯として処刑される前日なのです。
そこへ最後に、ロレンスが会いにやってきたと。
「戦争の中で正しい者などいなかった」
という印象的な言葉を交わす2人。
そして最後のセリフが、
「メリークリスマス。メリークリスマス、ミスター・ロレンス」
でした。
このセリフには様々な解釈ができますね…。
「あの時、助けてやったんだから、助けてくれよ…」
という、死ぬ覚悟ができていると言いつつ、本当は恐くて仕方がない。どうか助けてほしいけれど、プライドが邪魔して直接は言えない。という思い。
それとも、単純に、昔の思い出に浸り、死ぬ前にロレンスに会っておきたかった。
はたまた、実はハラもまた、ヨノイがセリアズに対してそうであったように、ロレンスに恋心のようなものを抱いていた(これは無さそうですね)。
とにかく、たけしさんの表情が絶妙過ぎて何とも言えないラストな訳であります!
この切なさ、もどかしさ、たまりません!!!
誰かを罰する
ロレンスが無線機を持ち込んだと疑われ、独房に入れられる事件が発生し、それについて、ヨノイとロレンスが語るシーンがとても印象的でした。
以下、ロレンスのセリフです。
”相手が無実でも罪の償いをさせるというのか
罪は必ず罰せられねばならず、それで私を処刑に?
誰でもいいのか?
つまり私は死んで君の秩序を守るのか。”
これが何とも、日本人的というか…。
一番観ていて恐ろしかったのは、このヨノイの判断やセリフに関して、私自身があまり疑問を持たなかったことです。
誰か一人を吊し上げ、責任をとらせ、周囲にアピールし、納得させ、秩序を守るというこのルールに私自身、縛られてしまっているのだということに気づきました…。
恐ろしかったです。
自分自身の軸をもって、あらゆることを判断し、行動に表す強さをもちたいなと反省させられました。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます!
「戦場のメリークリスマス」の解説をお伝えしました!
当時の出来事や、戦争についてある程度知っておけば、とても楽しめる上に学びの深い作品です!
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