熊とは何か？その答えは…
映画「熊は、いない」を鑑賞しました。
本作は、『白い風船』(95)で第48回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞して以来、世界三大映画祭ほか主要映画祭にて高く評価され続けるイランの名匠ジャファル・パナヒ監督の最新作です。
パナヒ監督は、世界で最も勇敢な監督だと言われています。
勇敢…？
世界で最も勇敢な映画監督
イランでは、現在も文化統制があり、映画に対して厳しい検閲が行われています。
政府に対して批判的であるとみなされた場合、上映どころか、制作者にもペナルティが課されてしまうのです。
市井の人々の日常を通してイラン社会の置かれたリアルな現実を描き続けるも、政府から2010年に“イラン国家の安全を脅かした罪”として20年間の映画制作禁止と出国禁止を言い渡されたパナヒ監督。それでも抑圧に屈せず様々な方法で映画を撮り続け、2010年以降に本作を含めた5本の長編は全て極秘に撮影。あらゆる制約を回避し自身を映画の題材にすることで、ミニマムながら工夫と発想に富んだ豊かな映画を作り続ける、世界で最も勇敢な映画監督として知られている。
「熊は、いない」公式サイトより引用
そんな中でも、イランの国における不条理に対して映画で訴えかけているのがパナヒ監督。
本当に何度も何度もイラン当局とぶつかっているのですが、控訴の結果待ちの間に自宅監禁生活を撮った「これは映画ではない」をケーキの中にUSBを忍ばせてカンヌ国際映画祭に出品したことまであるんですよ。
なにせ、めげないし、いつまでもファイターなんです。
「ミツバチのささやき」のような名作を、いまなお作り続けているのであります。
本作についても、ヴェネチア国際映画祭で受賞した後は、7か月間刑務所に拘束されちゃいました。
「熊は、いない」も、彼の魂の一部なんですね。
本作はイラン国内では上映されることはなく、海外で上映され、高い評価を獲たわけですが、実はイランでも映画好きはサブスクで観ているらしいです。
パナヒの魂は国内でもメラメラと浸透しているのかもしれません。
とはいえ、これだけファイティングポーズをとり続け、逮捕や裁判が続いていると、心配ですよね。
いつか、彼の映画が観られなくなるのでは…と。
しかし、ご安心ください。
彼の息子も映画監督としてデビューしております。
本作で描かれるイランの実態
本作では、大きく二つのイランの実態が描かれています。
一つ目は国外への密出国。
二つ目は古いしきたりに自由を奪われるという点です。
大きく分けるとどちらも繋がっているのですが、本作では特に二つ目のしきたりによる不自由さが強く描かれていました。
田舎の村で、生まれてすぐ結婚する相手を勝手に決められるという古いしきたりにより、自由な恋愛を禁じられたカップルが登場します。
しかも、このしきたりというのが、どうもきな臭い。
まじない的なものではなく、両家にメリットをもたらすための政略結婚的な一面があるようでした。
広い目で見れば、こういった結婚のかたちもクレバーで、村の発展を考えれば間違ってはいないのかもしれません。
でも、恋はいつでもハリケーンですから。
そういった理屈では片づけられないですよね。
メタフィクション
本作は、パナヒ監督が本人役として出演しています。
上述した、出国を禁じられている監督自身の現在の立場を表したメタフィクション映画となっていました。
監督が滞在する村のすぐ傍に国境があり、監督自身の心の揺らぎも描かれています。
本人も、二つのカップルも、フィクションという設定ではありますが、真実と虚構を絶妙に織り交ぜることで、臨場感が増しています。
また、女性の一人が、「あなたの映画は嘘だ！」と力説するシーンからは、監督自身が抱く葛藤のようなものも込められているように感じました。
”熊”とは何か？
劇中でも、一言二言しか登場しなかった熊。
「この先の道は熊が出るから危ない」とされているのが一番ストレートな意味。
村人たちはこれを信じて、集会所へ近づけないんです。
「この先に熊なんて出ないけど、出るって言って進めないようにしている」が二番目の意味。
集会所に近づいて欲しくない人がいるんです。
それは、男性たち。
集会所には、大人の男たちしかいませんでした。
イラン国内における、女性蔑視的な表現を込めた演出とタイトルなのかなと感じました。
後は、イラン当局全体を批判したような意味合いもあるのでしょう。
当局が危険だと言っているものや、海外の脅威、偉大な存在というのは果たしているのかいないのか。
いないのだろう。というパナヒ監督からのメッセージなのかもしれません。
今日の映学
最後までお読みいただきありがとうございます！
映画「熊は、いない」について解説しました。
パナヒ監督の魂がこもった名作です。
ぜひ鑑賞して、一緒に魂を燃やしましょう！
観ないと知られないことがいっぱいだよ！
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